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事務所の歩み

平成
4年
会社員平成4年9月税理士を目指し大原へ(33歳の時でした) 詳しくお知りになりたい方は「覚悟の瞬間」
平成
5年
会社員
(6月で退社)
受験専念
(7月から)
不動産FCの本部でした。後足で砂をかけるように辞めてしまい当時の皆さんには今でも大変申訳ない気持です。

受験科目 相続税法(不合格)
平成
6年
受験専念受験科目 簿記論(不合格) 相続税法(合格)

最初の合格科目相続税法の試験日の事は今でも詳細に覚えています。東京の最高気温が更新された日でした。目茶苦茶暑かったはずなのですが暑かったという感覚がありません。集中していたんでしょうね。この当時は試験会場に冷房が無くて人間扱いされてません。
平成
7年

受験専念
(8月まで)

国土工営入社(11月から)

受験科目 簿記論(不合格) 財務諸表論(合格) 所得税法(合格) 固定資産税(不合格)
試験結果(12月)が出る前に就職しました。相続(納税)対策のコンサルティング会社です。財産(主に土地)の評価、調査、分析の仕事をしていました。横浜支店勤務で木場から桜木町まで通勤していて電車の中が良き勉強部屋でした。この年の2科目合格が大きかったと思います。この時点で5科目の内3科目合格できていたので後が楽でした。国土工営での仕事がとても好きだったのでこの年2科目合格していなければ途中で受験を諦めていたかもしれません。人生本当に紙一重です。
平成
8年
国土工営受験科目 簿記論(合格) 酒税法(不合格)
一般企業に勤めながらの資格試験への挑戦は勉強時間の確保が難しいので本当に大変です。最後の一科目は何でもいいと思い一番 ボリュームの少ない酒税法を受験しました。ここで思い出に残る出来事が。酒税法で大原の全国統一模擬試験第一位になりました。 これ税理士試験に合格するよりおそらく難しいことだと思います。全国一位になったのに不合格はご愛嬌です。
平成
9年
国土工営 受験科目 酒税法(合格) 官報合格
税理士を目指して5年。待ちに待った官報合格が届きます。この時以上の感動を味わうことはおそらく今後の人生においても無いでしょう。
税理士試験の会場は早稲田が主なのですが、この年私の受験会場は母校立教大学でした。流石にホームでは強かった !
税理士試験合格後、東京青年税理士連盟と千葉青年税理士連盟に入会します。東京の方は既に退会していますが、千葉は現在でも会員です。 千葉青税同期入会で現在残っているのは私だけです。少し寂しい気はしますが平成9年合格組の代表でこれからも頑張ります!
平成
10年

国土工営退社

織本事務所入所

合格の喜びも束の間に新たな悩みが始まります。税理士は試験に合格しただけでは税理士として登録できません。登録する為には2年間の実務経験を積まなければならないのです。当時は企業内税理士で良いと思っており開業することなどは全く考えていませんでしたが会社にこのまま残ったのでは実務経験を積む事が出来ず税理士としての活動が出来ない。会社に残り相続対策のスペシャリストを目指すのか、それとも開業税理士を目指すため会社を退職して会計事務所に転職するか。人生の選択の岐路に立たされます。相続対策という仕事に対する強力な未練はありましたが税理士として活動したいという想いが勝り平成10年6月会計事務所に転職します。
この時、自分のこれからの人生の方向性がハッキリと定まりました。税理士として生きていく。
平成
11年
織本事務所  千葉青税厚生部長織本先生の事務所で3年間色々な事を学ばせて頂きました。最初の一年間は解らないことだらけでしたが、2年目以降は仕事もこなせるようになって随分と楽になりました。
千葉青年税理士連盟の厚生部長を一年間務めました。千葉青税の仲間とは旅行に行ったり、酒飲んで徹夜でカラオケしたり、ゴルフ行ったり この時期は楽しい思い出が色々と詰まっています。
平成
12年
織本事務所
千葉青税組織部長
厚生部長の次は組織部長を務めました。千葉青税の重要行事、税理士試験合格者祝賀会を担当して仕切りました。
この年入会された合格者の方で現在も残っている方は残念ながらいません。あまり千葉青税には貢献していませんね。
平成
13年

織本事務所退所
阿久津事務所開業
全国青税総務部長
江東西支部指導グループ

【売上高】1,810
「顧客数」法人4個人0(増4)

5月に念願の税理士登録をし6月に自宅の2階の一室で開業します。登録した時東京税理士会の会長から言われたことは今でも鮮明に覚えています。事務所は自宅の生活スペースを通らないと入れないのでお客様をお通しすることも出来ませんでした。
千葉青税の上部組織である全国青年税理士連盟の会長を千葉から出すことになったので、女房役の総務部長を私が引受ける事になりました。
税理士登録して直ぐに全国青税の総務部長なんて絶対ありえません。理事会で話を聞いていても何を言っているのかさっぱり解らず苦労しました。
この当時一日のうちの半分を全国青税の為に使っていました。仕事が忙しくなかったので務まりましたがこの年は全国青税一色でした。
売上も無かったので金が無くて他の役員と付き合う費用を捻出するのも難儀でしたが、千葉青税の先輩がカンパを募ってくれたのには本当に 感激しました。8月の総会が京都で開かれてそこで次の執行部に交代するのですが、そこに辿り着いた時にはもう精も根も尽き果てたヘロヘロ状態でロスアンゼルスオリンピック女子マラソンのアンデルセン選手のようで、いくらなんでもチョット無理しすぎましたね。滅茶苦茶大変でしたが私の税理士人生の中で輝かしい一ページだと現在でも印象深く思い出として残っています。今でも当時の仲間と顔を合わせるのは楽しみです。
生まれ育った江東区で税理士登録しました。登録後直ぐに支部の指導グループに入り税理士人生スタートさせます。指導グループ合計4年やらせてもらいましたが、この間指導グループ関連で19件のお客さんが増えその後の事務所の礎となりました。
平成
14年
事務所開業2年目
江東西支部指導グループ
【売上高】4,893
「顧客数」法人8個人2(増7減1)
全国青税総務部長が終わるのとタイミングを合わせて平成14年9月事務所を現在地に移転します。
現在の事務所は以前妹夫婦が暮らしていた自宅横の一戸建てです。道路から奥まっているので とても静かで、家と家のスペースには中庭的な空間もあり、隠れ家的でとても落ち着きます。
事務所を移してからの3年間、毎年10件ペースで関与先が増えていきました。事務所を自宅の一部から移した効果は大きくまさしく上げ事務所でした。
平成
15年
事務所開業3年目
江東西支部総務部長
江東西支部指導グループ
【売上高】7,912(青控前4,106)
「顧客数」法人17個人3(増11減1)
指導グループの関係でグループ年間報酬240万円の顧問先に関与する事になります。ストレスと手間の大変かかる関与先でありましたが、この会社の売上がその後の事務所の成長に大きく寄与して頂いたことは事実です。
この年、新支部長から総務部長への就任依頼がありお引き受けしました。他支部では開業3年目で支部総務部長というのは異例の早さですが当支部の場合は人材不足もあり経験不足の若手も積極的に登用しないと組閣が出来ない辛さがあります。全国青税の総務部長を経験していたので総務部長の仕事は手慣れたものでとても楽に出来ました。一度きついところを経験しておくとあと楽ですね。
平成
16年
事務所開業4年目
江東西支部総務部長
江東西支部指導グループ
【売上高】11,343(青控前7,021)
「顧客数」法人23個人7(増11減1)
開業当初仲間と早く消費税の課税事業者になりたいねと話していましたが、開業4年目で目標通り消費税の課税事業者になりました。またこの年念願の事務所HP(自動更新でしたが)を作成しマイ顧問にも加入しました。
平成
17年
事務所開業5年目
江東西支部総務部長
【売上高】13,797(青控前6,382)
「顧客数」法人33個人9(増16減4)
この年、平成15年から関与していたグループ年間報酬240万円の顧問先と契約を解除します。
契約解除するときはその後どうなるか大変不安でしたが、契約解除の傷跡を残すことなく成長を続けられました。関与先数も40件を超え全て一人で処理するのは無理になったのでハローワークで週3日勤務のパート社員一名を募集し採用しました。
平成
18年
事務所開業6年目
江東西支部総務部長
【売上高】16,690(青控前9,436)
「顧客数」法人31個人11(増5減5)
この年は開業以来始めて関与先数の増加が止まりました。支部活動を含めて今後の事務所の経営をどうするか考えて方針を決めなければならない年でした。
MAP経営の中期経営計画作成教室に参加しました。(詳しくお知りになりたい方は「うちのMAS」をご参 照下さい。)
平成
19年
事務所開業7年目
江東西支部税務支援対策
副支部長
【売上高】19,454(青控前6,189)
「顧客数」法人38個人11(増8減1)
事務所経営を今後どうするか方針が定まりました。所員を雇用して拡大路線でいくことにしました。
開業以来始めて本格的な所員募集を行い2名の所員(福島所員と牧野所員)を採用しました。
所員を採用するにあたり事務所の大幅改装工事を行いました。事務所は古い木造二階建ての家屋なので工事がいざ始まると柱が白蟻に食われて腐っていたりトラブルの連続で大工事になってしまいましたが、仕事する会本間さんのご尽力で落着いて働きやすい事務所が出来上がりました。
前年から導入を検討していたMAP経営のMAS監査システムを導入しました。この年は投資の1年で都合1,000万円以上の資金を将来の事業発展の為に投資しました。投資なきところに利益なしです。
事業に対する思い切った投資を行ったこともあり、支部役員を全部降りて事業に専念するつもりでしたが、指導グループから阿久津事務所の歴史が始まったことを鑑みて税務支援対策部にいつかは恩返しをと考えていたので、支部への最後のご奉公のつもりで税務支援対策の副支部長を引き受ける事にしました。
平成
20年
事務所開業8年目
江東西支部税務支援対策
副支部長
【売上高】20,719(青控前4,969)
「顧客数」法人43個人11(増6減1)
MAS監査サービスに取組む他の事務所の紹介でブレスト賃金制度を導入します。残念ながらまだ何にも活用していません。この年は確定申告無料相談に絡む税務支援一色になってしまい事業的には落着いた一年でした。
税務支援対策2年目でしたが、この年から税理士会の独自事業であった確定申告時の無料相談が国税からのアウトソーシング事業に変更されます。このアウトソーシング化に伴い種々の問題が噴出しその対応に追われました。私の対応の不味さもあって力不足を痛感させられました。
支部活動に対するスタンスを今後どのように取るべきか色々悩みました。事業拡大と支部活動どちらに軸足を置くべきか考え抜いた末、支部役員からは一切身を引くことを決断します。今まで培ってきた人間関係色々とありますが、これからは事業拡大に向けて脇目もふらず取組むことに心の中がきっちり整理されました。
平成
21年
事務所開業9年目【売上高】23,661(青控前2,744)
「顧客数」法人55個人14(増17減2)
この年は今までで一番多く顧問先件数が増加しました。また顧問先のお客さんの紹介で中小企業家同友会に入会します。現在江東支部の「ランチの会」を担当しています。
多変量解析ソフトSPLENDID21を導入しました(近日中に「会社の通信簿」としてHPにアップする予定です。)。
インターフェイス主催のMAS担当者養成講座を受講し中小企業の経営改善、成長経営のサポートを行うMAS監査サービスの本格的普及に向けた準備に取り掛かりました。
平成
22年
事務所開業10年目【売上高】28,030(青控前948)
「顧客数」法人58 個人10(増5減6)

開業以来一番売上が伸びましたが、個人事業主の廃業等が重なり顧問先の件数では初めて前年より減少しました。
この年は3名の所員(前田所員、高野所員、宮田所員)を採用して予てより準備をしてきたMAS事業化(経営サポートが出来る会計事務所への挑戦)に向けて大きく舵を切った一年でした。 有能なマンパワーを得て今までやりたくても出来なかった様々な施策に取組んでいきます。事務所を劇的に変化させた一年でしたが、チョット気張り過ぎて恥ずかしながら父親の扶養になってしまいました。(来年は必ず抜け出すぞ!!)

1.オリジナルホームページの作成(2年越しでようやく完成)
2.正しい経営実践の為事務所MAS開始(いちげつ会議の定例化)
3.事務所内経理システムの構築(前月の試算表を月初に確認出来るように)
4.社会保険への加入(人を育てる為には絶対に必要)
5.事務所メルマガ配信開始(平成22年8月第1回配信開始月1回配信中)
6.事務所の経営計画と事務所MASをホームページで公開
7.事務所初のセミナーを開催(10月の経営改善セミナーを皮切りにキャッシュフローセミナー、美容経営改善セミナーを次々と開催しました)
8.「覚悟の瞬間」へ出演(これまでの人生のおさらいが出来ました)
9.倫理法人会に入会(12月には江東西倫理法人会で講話もさせて頂きました)

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