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父が亡くなりました。

平成23年2月26日午後10時8分
父阿久津英が亡くなりました。


父は昭和5年に東京で生まれました。今年で満80歳を迎えていました。
1年5ヶ月前肺気腫で急に呼吸困難になり緊急入院しました。
一命はとりとめましたがそれからは寝たきりとなり、口も聞けず病院での療養生活を余儀なくされました。
若い頃からヘビースモーカーでそれが災いし、倒れた時には肺が硬くなってしまって自分で呼吸するのが困難な状況でした。(倒れる5年位前に願かけで禁煙していましたが、それまでの喫煙による肺へのダメージが相当大きかったらしく間に合わなかったようです。
やはり喫煙は百害あって一利無しのようなので、愛煙家の皆さん手遅れにならないうちに禁煙に取組まれた方が宜しいかと)今回亡くなったのもやはり肺炎が直接の原因ですが、苦しむことも無く眠るように穏やかに息を引き取ってくれたのが、家族にとっては何よりの救いです。


父が元気な頃「死ぬ時は苦しみたくない。苦しみたくない。」と口癖のように繰返していましたが、最期だけは父の望み通りになってくれて本当に良かったと思います。


父はよく自分の事を「自分は業が深い、業が深い」と言っていました。
(業が深いとは人間には過去世があり、その過去世で犯してしまった罪を今世で宿命として背をわされて生まれてきたというような意味合いだと思います。)
戦争の混乱時を除いては生涯衣食住に窮することもなく、母そして一男一女に恵まれて、傍から見れば経済的にも家庭的にもは恵まれた一生と思われがちですが、本人はそれをあまり幸せとは感じていなかったようです。
父からすれば自分の思う通りには何一つならず、させてももらえず、「座布団の上に座り続けることを義務付けられた人生」で窮屈この上なく感じていたのかもしれません。


現在父の亡骸は納棺されて自宅の仏間で旅立ちの時を待っていますが、納棺された父の元気な時には見ることが出来なかった穏やかな表情を見ると、父が生涯もがき続けた宿命からようやく解放されて、新たな旅立ちを心待ちにしているように思えてなりません。
数奇な一生ではありましたが、天寿を無事に全うすることが出来たのも生前お世話頂いた皆々様のお陰と心より御礼申し上げます。


父が亡くなって母は「病院に入院して寝たきりで口も聞けずたまに見舞いに行くだけでも、生きているのと亡くなったのでは全然違う」と独り言のように呟いていましたが、現在の生気を失ったような母を見ていると、子供の目から見て仲睦まじいとはお世辞にも言えない父と母でしたが、父に先旅立たれて、52年間コツコツと積み重ねられてきた夫婦の歴史の重みをしみじみと感じているように思えてなりませせん。
父も晩年にはいつも文句ばかり言っていた母に「お前とも長い付き合いだなあ」としみじみ語りかけていたそうです。


倫理法人会の万人幸福の栞五に「夫婦は一対の反射鏡」という教えがあります。
その中の最後が次のような言葉で締めくくられています。
「夫婦が互いに相手を直したいと思うのは逆である。ただ自分をみがけばよい。己を正せばよい。その時、相手は必ず自然に改まる。夫婦はいつも向かいあった一組の鏡である。」

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